« 新年度 | トップページ | 同時進行中 »

2006年4月 5日 (水)

本当に悩みを聞くということ

今日は午後から休みを取って知人の葬儀に参列。
個人的にお世話になった方なので、個人的に参列。
社長さんで若くして亡くなられた方なのだが、機会があればまた詳しく。

その後少し仮眠を取って、7時から男子部一人とともに約一時間かけて会合に出席。
九州男子部長が来られていて、てっきり選挙の話かと思ったら、意外にも個人的な折伏の話だった。

かつての同僚相手に、3回会って話をして入会していただいたらしい。
しかも会うごとに打ち明ける悩みが変わっていく。

最初は妻の精神疾患の話。
次は娘の周囲のいじめ、トラブルの悩み。
最後は自分自身の決断力のなさ。

最後については説明が必要かもしれない。
結婚してから今まで決して妻には隠し事はしない、何を決めるにも必ず妻の同意を取る、そうやって何事も進めてきたのだが、本当の人生の正念場にあって、この誓いが逆に自分と妻とを苦しめる呪縛になってしまっているという。

本当に立派な、誠実な夫でありながら、何でも二人で決めるというそのルールが、この場合逆に依存を引き起こす原因となってしまっている。そして、すべての悩みの根本的な原因はこの「自分で決められない」部分にあるということに、対話の結果たどり着いた。

たとえ住居を変えても同じような悩みは発生するだろう。自分自身が決断できる人間に変革しない限り、自分の内側から周囲に影響を及ぼし、妻の病気、娘のいじめ、同じことが起こる。

自分を変えるには信心しかない、という以外に結論は無い。

本当に妻のためを思い入会したいのだが、それは今までの原則を破ることになってしまう。
話によるとしばらくの間顔を真っ赤にして悩みぬいた挙句、結果的に夫の決断で入会するのだが、良かれと思って続けてきた今までの連続性を断ち切って、一歩踏み出した勇気こそが、本当の勇気であると思う。

真剣に相手の話を聞いて、悩みを話してもらうこと。(←実際私はなかなかこの部分が苦手です)対話を重ねて相手の苦しみを取り除くこと。悩みとか、弱さとかは現実はこのように重層的になっているもので、本当に繰り返し対話を積み重ね、丁寧にほぐしていくしかない。
まさにどれほどテクノロジーが発達し方法が変わっても、人の苦しみを抜き、楽を与えるという行為は人間にしかできない所業だと思います。

|

« 新年度 | トップページ | 同時進行中 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/48864/1294483

この記事へのトラックバック一覧です: 本当に悩みを聞くということ:

« 新年度 | トップページ | 同時進行中 »