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2007年2月27日 (火)

【書評】イスラームの心

兵庫のジュンク堂で購入。
空港でのながーい待ち時間+機内でのひとときで読めてしまった。
表現は簡潔でも,内容の濃い本です。

Book イスラームの心

著者:黒田 寿郎
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

この本に一貫して繰り返し繰り返し書かれているように,私達は世界人口の20%を占めるこのイスラームという信仰について,あまりにも知らなさ過ぎる。それは時として,その信徒の暮らす国々の貧しさ,欧米的価値観と相容れない政治体制,そして一部の急進的な過激派の所業を通してしか,この宗教のプレゼンスを目にすることがないために,その誤解は今もって甚だしいものとなってしまっている。

早いうちに補足すべきことと思われるが,この本が書かれたのはイラン・イスラム革命が起こった直後の1980年。丁度,大橋巨泉が「世界まるごとハウマッチ」のオープニングジョークのコーナーで,「後継者はホメイニ(おめえに)決めた」という極寒のギャグを飛ばしている頃である。
巨泉氏の冗談の出来はともかくとして,イスラームという宗教の持つポテンシャルが今まさに花開こうとする期待に満ちた空気の中,著者の筆致も熱気に富んでいるが,この革命で震え上がったアメリカ他,欧米諸国による,陰に陽に加えられる妨害と,イスラーム信仰者自らの失敗の数々により,彼らの潜在能力は今もって潜在能力のままであり,911を例に出すまでもなく,絶望的なまでに進行してしまったイスラーム共同体の破壊と欧米との経済,文化の格差拡大を,果たして克服する道はこの宗教に残されているのか,これはぜひ著者の本をさらに読み込んで道を探したいと思う。

本書に話を戻すが,イスラム教に対する数々の偏見への徹底的な反論に始まって,その教義の基礎,信仰の実態,ムハンマドを開祖とするイスラム信仰者達の歴史,イスラーム文化の絶頂時代,欧米文明との相克,現代的価値観との違いとその秘めた可能性と,手取り足取りという言葉にふさわしい懇切丁寧な解説が,まさにイスラームの心を体現しているといって差し支えないではないか。

それにしても,開祖たるムハンマド死後のカリフ(指導者)の座をめぐる争いと,ウンマ(信仰者の組織)の迷走ぶりが,実に同情を禁じえない。
また,信仰者は自身の信仰を深めるとともに,同時に社会生活,世法の上でも十分に活躍すべきとの高邁な思想に基づき,聖職者の存在を認めず,政教一致の政治体制を敷くことになっているわけだが,同時にこれがイスラーム社会のアキレス腱でもあるわけで,殉教とはなにも自爆テロではなく日々刻々の生活における,克己的生活にあるわけだが,水は低きに流れるの言葉とおり,聖職者という地位が生まれそれはいつしか堕落し,その弱さが共同体を破滅に導いていってしまう悲しさは,歴史のそこかしこに見られる人間の性である。
ではどうしたらこの業を克服できるのだろうか。正しき信仰どこにありや,の感慨を深める次第である。

まとまりのないことを書いてしまったが,我々にとっても,もって他山の石とすべき教訓であろう。

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2007年2月26日 (月)

組合の全国集会に行ってました

土~日にかけて,兵庫で組合の全国集会に出席して参りました。

初日は旅館で寿司詰め,2日目は集団で移動と,まったくネットを見るヒマなしorz

たった今ようやく家に帰って,ネットに接続できました。

まあ学会員として組合を客観的に見つつ,一応ユース部(青年部)の役職ももらってることだし,組合員としての一通りの職務は責任を持ってこなしております。

現在における労働組合のあり方,運動の内容の実効性,構成員の意識,組織の目指す物,その他色々な点について,やはり大きな疑問を感じずにはいられません。今回の集会に出席して,その思いをさらに強くしたところです。

全体的な傾向として,組合幹部の講演は単なる愚痴と悪口の羅列になりがちです。

そして,組織が目標を立てて,その都度達成していく,「勝つ」ということをなおざりにしています。

さらに,組合員個人個人の人間としての成長においては全くもって活動の対象外です。

一人の構成員として,自分が関わる組織をこのままの状態で放置していいのか,今のところ色々な思いが渦巻いており,まとまった思考になりませんが,今後様々な組織が,時代の試練に直面していくのでしょう。

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2007年2月22日 (木)

【書評?】ラテン語の世界

風邪なんとかなおりかけました。

思えばこのブログもいつの間にか1周年過ぎておりまして。
今後ともゆるめで頑張って行きたいと思います。

とりあえず熱にうなされながら読んでた本の紹介。

ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産 Book ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産

著者:小林 標
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ラテン語と聞いて腰が引ける御仁もいるかと存じますが,熱の出た頭でも非常に読みやすく,楽しい本でした。

珍しく仕事の話をするが,以前市役所の公文書をわかりやすくする「手引き」の作成に携わったことがある。
試しにgoogleで「公文書 わかりやすい」と検索してみれば,その手の文書がずらずらと出てくる。
日本中のおびたたしい数の自治体が,地域差もそう考慮しなくていいこの手の業務を,バラバラに遂行していると考えただけでもorzとなってくるのだが・・・さらに悪いことに,日本語におけるカタカナ語の多さ,なかんずく公文書内におけるカタカナ語の改善も,手引きの中で触れずにはいられない問題となっているのだ。

公文書の中で,どうしてもカタカナ語でなければ正確な意味を表記できない概念がある。
そうした場合,日本語は「外来語」として,元の言葉の音をカタカナにした言葉を用いてもいいことになっている。
そして,読むものの大多数はどういう意味なんだか分からない。

かくして,分かりにくい外来語は,より近い概念の日本語で言い換えましょうという結論になり,
・・・・・言い換える単語のリスト化が始まる。

全てとは言わないが,大多数の手引きで触れられているのが,国立国語研究所の「外来語言い換え提案・総集編」(PDFファイル)であり,ここに挙げられているカタカナ語は,提案内で示されている日本語(?)に置き換えて分かりやすくしましょう。ということになる。

それにしても,「アクセス」accessと「アクセシビリティ」accesibilityを別々の項目で取り上げ,それぞれに「接続」「利用しやすさ」という語を割り当てるという・・・・いやこれって,同じ単語の活用形じゃないかと,元の単語1つ知ってればいいんじゃないか別々に覚えたらそれだけ脳内メモリ食うだろうが何かアプローチのしかたおかしくないか?とこっちの脳内がオーバーフローを起こしてしまった○| ̄|_
・・・本当に何と言うか,審議会の先生方の努力に涙すら禁じえない。
正直,これらの資料と格闘しながらの「手引き」作成は,モチベーションを維持するのが非常に厳しかったというか,なんというかもう,察して欲しい(;´д⊂)

これ以上悲観的な話をしても仕方ない。
そろそろラテン語の話に戻ろう。

端的に言えば,ラテン語発生時にあるはずのなかった「インターネット」という言葉も,
ラテン語のルールから導き出して,「interrete」という言葉を作成することができる。(282p)
そう,あたかもキケロの昔から存在していたかのように。
散文詩人も,科学者も,聖職者も,自分の必要に応じて縦横無尽に使いこなせる,ラテン語とはこのように非常に優れたデバイスであったと同時に,言語のなりたちそのものを定義しえたメタ言語だからこそ,今においても,誰も語る者がいなくなったとしても,我々日本人も含めて,その影響力から逃れられない,そういう地位を占めるに至った言語は世界に類を見ない。

また,コアとなる概念(たとえばag-(108pp.)「前へ駆り立てる,押す」)から様々に派生させて,
agility,aggressive,agitateあるいはaction,active,actorなどの単語が生まれてくる。
(丁度漢字の「偏」が字の属性を,「つくり」が意味及び読み方を示すのと同じような関係性だが,微妙に違うかも)
これらのルールは驚くほど単純で,これさえ分かっていれば初めて見る単語のおおよその意味が分かるし,そのルールを活用して新たな単語を作成することすらも可能である。
ハッキリ言おう,横文字は恐くなくなる!m9(゜Д゜)どぎゃーん

と,そこで外来語言い換えなわけだが・・・どうでしょう,御年配の皆様にラテン語の活用を知れと言っても,ちょっと厳しいだろうか・・・少なくともアクセスとアクセシビリティは同じだと思えないと・・・

そういえば,日本の英語教育で,デキる先生は単語を分解してcon-は共同してやる何かだとか,in-は反対の意味だぞとか教えていると思うのだけど,(プロッフェッショナルでもやってましたな)何ていうか,あまり根本的な部分から考えたがらない傾向があるのかな日本人は,とか熱も下がりきらないような体調で書いてもこのような切れ味の悪い文章になるといういい見本ができたという話。

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2007年2月19日 (月)

またまた風邪

具合悪いっす○| ̄|_

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2007年2月16日 (金)

檀家と田舎とコミュニティ

毎月恒例の座談会。懇談の中で出た話です。

ある壮年部が所属する公民会の中では,檀家総代が年の順に回ってくるんだそうだ。
で,学会員として断った方がいいのは分かっているのだが,近隣との関係が悪くならないか心配しているとのこと。

学会やってて,同時に地区公民館の行事や祭りなんかも出ないといけない立場としては,時々同じような状況で悩むことがある。
例えば初泳ぎで神主さんの祝詞を聞くときとか。

世間一般に思われている通り,学会は教義上の制限というか,他宗に対してはやはり厳しく,謗法厳戒という言葉もあるとおり,昔は学会に入会するときには家に飾ってあった神札は焼き払ったし,家の中に仏像と御本尊が同居しているなんてもっての他だった。

ただ,私がこう言うのもアレだけど,今はだいぶ融通が効くようになってきているというのが実態ですね。
別に甘くなったというわけではなく,信仰がより心の問題として整理されてきている,という説明でお分かりいただけるだろうか?

最近行ってないが,私は近くの神社に行くのもそんなに嫌いじゃない。
地元には三種の神器の一つと言われる重宝が祀ってある,それはそれは由緒正しい神社がある。
合併前の市では市章になってたぐらいだ(地名が分かった人がいるかもねw)
そんな由来を,学会員はもっと歴史の勉強として知っておくべきだし,それなりの敬意を払うべきだ。

座談会に出ていた幹部もおっしゃっていたが,謗法(ほうぼう)とは,法華経ないし御本尊に背く宗教を手助けし,その勢力を助長する行為だ,と定義されている。また,現代において何より謗法と言える行為は,自殺にしろ他殺にしろ,命を断つ,損なう行為だとも。

私なりの考えでは,法華経に説かれている,万人が自身に仏になれる可能性を秘めている,というテーゼを否定することだと思う。何より人間の幸せになりたいという希望を損なうことであって,「どうせ自分なんて」という言葉で自分自身を誹謗中傷することだと思うのです。

いずれも謗法の要素は,内心の問題が重要になってきているというのがまとめ。

まあとりあえず,現代で最も身近なものが金銭的な援助であり,だからとりあえず境内は散歩するけどお賽銭は投げないよ,と。最高裁判例も似たような感じかな。

檀家の話に戻るが,ココが田舎という点もあり,コミュニティと宗教組織(檀家)との区別があまり進んでいない。
この地区の檀家制度も,おそらく江戸幕府の支配組織の一端として敷かれたものであり,決して民衆が自分で選び取ったものではないだろう。
これまで地区の構成員の宗教が違うなんて事態は想定すらされていなかっただろうし,故に地区の行事と宗教行事が一致していても何の疑問も抱かれなかったことだろう。

今まで同一の宗教により地区の統制が取れていたと見る向きもできるわけで,コレが壊されることに脅威を感じるという人も,当然,いるだろう。
違う宗教の人間が現れたことで,住民の宗教的意識が触発される,という考えは少々独善的だろうか。

いずれにせよ,全体論として日本各地のコミュニティが弱体化しつつあるのは事実で,少子高齢化とか原因は一つではないものの,何とかしなければという思いは特に田舎においてはなお切実である。

そこへ来て学会がコミュティを分断してどうするのよ,とまた叩かれそうな気がするが,はい,それは本当に私も憂慮してます。
今までコミュニティに背を向けるどころか村八分にされてきたのに,悪者扱いされるのは心外だ,ってな学会員の声も聞こえてくるようですが,実際現代のコミュニティがこうなっちゃったんだから,結果の責任は甘んじて受けましょうよ。

ともかく,これまで相対してきた旧来のコミュニティってやつが,その構成員もろとも消えてしまおうとしてる(継ぐものがいない)のを前にして,やはり元気な我々が,なんとか支えていく側に回らないと,他にする人いなくなっちゃったんだから,これまで何を言われて来ようと,これからも学会に乗っ取られたとか言われるかも知れないけど,責任を持ってやっていきましょうよ,という結論になるのではないでしょうか。

批判する人間と行動する人間,どっちも人間だけど,私としては,行動する方になりたいなあ。

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2007年2月14日 (水)

明日から座談会

ボウリングで腰を軽く痛めました。

翌日の座談会御書の予習をしました。

近所の公民館で公明党の集会をやります。
男子部のみんなに参加をお願いしています。

録画したLOSTを弟のためにDVDに焼いています。

W52Tを予約しました。

アマゾンで本を3冊注文しました。

久しぶりに風呂をわかして入りました。

雨混じりの春一番が吹きました。

疲れ気味なんで今日は早めに寝ます。

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2007年2月11日 (日)

組織よりまず自分を大事に

最初はコメント欄に書いていましたが,長くなったので自分のブログに書かせていただきます。

Destination station - 終着駅 - 素直な信心って何だ

組織ってなんだろう。素直とは、自分の価値感を押さえつけた奴隷信心なのだろうか。

はじめまして。

いつもアニメのレビューを楽しく読ませていただいてます。
鹿児島は地上波で全然アニメをやっていないので,うらやましく思いながら読ませていただいてます。

このまえこのブログを参考にARIA THE NATURALを観てみましたが,なんていうか,アレは難しかったです^^;

それはさておき,組織についていくのが疲れたとあったので,私の考えを書き込んでみたいんですが,私にも実際似たような経験は数知れずあるわけで,何と言うか熱心な学会員は劇薬のようなものですね。ラジカルな振る舞いをするのは困ったものです。本人に悪気ないし,言いたいことがあっても立場上言い返せないし。

しかしそんな人に振り回されて信心を崩してしまうと,自分が損なだけで,難しいものです。

そんな時はキッパリと,しばらく活動に出ないと言ってしまったほうがいいと思います。
組織を任されていて担当の会員さんがいる場合は,なるべく活動量を少なくするように周囲に助力を求めるしかありません。
理想は自分で自分の活動をコントロールすることですが,言えなければ,いっそ言わずに行かなくなるのも止むを得ないですね。

「活動を続けなければならない」という観念で何も言わずについていくだけでは,逆に後々傷が深くなると思います。
気力体力が十分に整わないでハードな活動を続けることは,心と身体に多大なダメージを与えます。
正直いい結果は望めません。

本来会員さんを助けるために存在するはずの組織が,活動家を苦しめる結果をもたらしている,そのことが世間で学会の評判を落とし,ネットで叩かれるたびに,ほんの僅かといえど組織に責任を持つ立場として,忸怩たる思いを持たずにはいられません。

これから学会の組織も少しずつ姿を変えていくのではないかと思いますが,まずは自分の身を守ることが最優先です。
自分が健康で初めて他人を幸せにできます。
どうか御自愛ください。

eviano 拝

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休みにいろいろこなす

おそく起きた朝は,積み上がった聖教新聞をななめ読み。
ほぼ半月分を一気に読み流す。

よく会員さんの家で漬け物みたいに積み上がった聖教新聞を見かけるけど,我が家もご多聞にもれずそんな感じ。
一般世帯よりどんどん新聞を捨てていかないと,すぐに家中が新聞であふれかえります。
自分用とかで複数購読することが勧められていますが,まあ何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。

なにやら寸鉄では舵から手を離す某党のCMの話題があり,

名字の言では夜中ではなく昼ものを考えようという話があったり,

SGI提言の前半(1/26付)しか新聞が見つからないですが,
ひょっとして後半は情報化の危険性とか書いてあるのかなと期待してみたり。

ここしばらく全然新聞読んでなかったけど,内容的に妙に符合してるなあと一人悦に入ってみたりしてました。
どうなんだろこういうの。

昼過ぎはブックオフに余分な本を売却。
FF11の本でバージョン古いやつとか売れたけど大丈夫なんだろうかw
売れた金額よりも本棚に空きができることのほうがうれしいわけで。

帰りに麻雀格闘倶楽部。
総合点棒収支がついにブレークイーブンにヽ(´ー`)ノ

夕方から駐車場で着任。
ほとんど中でスピーチ聞いてました。
着任メンバーもほんのりと若手が増えてしあわせな感じ。

帰ってから何となく怒首領蜂 大往生のおまけDVD見直す。

怒首領蜂 大往生

どこかのブログに書いてあったけど,弾幕を避け続けてるところを見ると,なんか脳内がバッファオーバーフローを起こすような,夢を見てるような気分とか,そんな気分になりますな。よく眠れそうな気がします。
私は乱視のせいで精密な弾避けができないもんで。ゲーセン行くと必ずシューティングやりますが,典型的な下手の横好きです。

そんなわけで明日も着任のため朝8時出でございます。
ちょっと最近題目が少なめ。

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2007年2月 7日 (水)

FF11が好きな彼氏について

同い年で社会人の彼氏が今年FF11オタクだということが発覚しました。

相手は「これは壮大な実験なんだ、レベル上げがおもしろくてしてるだけ」

と理解の苦しむ返答でばれてからまるで隠すつもりはないようです。

私はこの意味がわかりません。

ちなみに彼氏は三個倉庫キャラを持っていると公言し、FF11の話の中で「え、ヘイトぐらい知っとけよ」といいます;

そしてお気に入りのLSメンもいるらしく、語ってきます;

私は彼女として見られているのか不安です。

FF11はどんな方がしているのでしょうか。

普通の男性がするのでしょうか。

私は興味がないので彼の話を流していますが、よく一緒にPTを組んだ外人の話を聞かされ正直いやです。

でも彼氏の趣味を干渉するのはどうかと思うので表にはだしていません。

話があっちこっちいってごめんなさい。

男の方はだれでもFF11をするものなのでしょうか。

彼氏は普段は普通のかっこうの公務員で、前彼女もいました。

金策もうまく、マクロ経済はくわしいです。

"禿げガル祭り"や"寝釣りRMT"をするといったことではなく、FF11をするのが好きで当分飽きる様子はありません;

彼女としてどのような行動をとれば一番いいのでしょうか。

よろしくお願いします。

元ネタ:
教えて!goo 18禁ゲームが好きな彼氏について
煩悩是道場 - はてなブックマークが好きな彼氏について

えー,学会版を作ろうか真剣に考え中w

だれか や っ て み な い か ?
シャレで済む範囲でよろしくお願いします。

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年末年始オススメ本ベスト3

年末年始読んだ本のベスト3ということで書いときます。

ここ最近色々なブログで書評とか見るものだから,アマゾン様に貢ぎまくり。あるいは近所の書店で新書つかみどり。
さらにこの年末年始は,電車や飛行機,バスに乗ったりする機会が多かったものだから,わりと多目の本を読めた気がします。

なにせ揺れまくるバスの中で手ブレしまくりの本を読んでも,全然酔わない。
なぜなら私の目は強度の乱視で,日本の光学技術の粋を尽くした乱視矯正用眼鏡をかけても,補正しきれないほどのひどさ故,私の見る世界は常に分身魔球。
センターフライが取れなくなる副作用がありますが,読書の場合は対象の座標を厳密に捕捉する必要がないので,これはこれでたいへん重宝しております。

閑話休題。

横道にそれましたが,私的にいけてる本ベスト3をお届けします。
まあ書評を書くにはちょっと旬を過ぎた本を,まとめてお蔵出しとかそういう意味合いも以下略。
興味をもたれたらリンクをクリックしてお買い求めください。
たまにはアフィリエイトにポイントがつく瞬間を見てみたいものd

-第3位-

下流喰い―消費者金融の実態 Book 下流喰い―消費者金融の実態

著者:須田 慎一郎
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

アイフル・武富士などの消費者金融は,一時期あまりに稼ぎすぎていたこともあり,今凄い勢いで退潮していますが,この先どうなるか予断を許さない部分があります。
自殺者まで出る取立てというものがどういうものか,また本質的に金融とは何か,読んでおいて損はない本です。

-第2位-

ウェブ人間論 Book ウェブ人間論

著者:梅田 望夫,平野 啓一郎
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

非常に刺激的な対談本。
価値観というか,世界を解釈するコーディングが決定的に違い,議論はすれちがいつつも激しく火花を散らすのだが,それが非常に心地いい。両者とも根はポジティブという点で一致しており,ネットを通して人間と社会はどう変化していくのか,自分なりに考える手がかりになります。
あと,グーグル社員の正義観というか,倫理観についての話が特筆です。スターウォーズです。

-そして第1位。-

インテリジェンス 武器なき戦争 Book インテリジェンス 武器なき戦争

著者:手嶋 龍一,佐藤 優
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

あの911を伝えつづけた「ワシントン支局の手嶋さん」と,
「日本のラスプーチン」佐藤氏の対談。
本物の外交戦,情報戦の実態が当の本人たちから語られる。
思うに諜報の世界の住人というのは,なろうと思ってなるものではなく,知らず知らずのうちになっているものなのではないだろうか。
知りたいと思うことに,自分の力で真っ直ぐ突き進んでいくうちに,いつしか情報網とリスペクトが集まり,組織にとって欠かすことのできない,知る人ぞ知る外交のキーマンになっていく。
なにしろ個人の能力,人格以上の資産はない,というのがこの分野に限らず,実戦部隊というものに共通する特徴でしょう。

探究心,畏るべし。好奇心,侮るべからず。

高い教養があり,必要に応じて嘘は言うけれど,歴史に対する敬虔さを忘れない。
上司や議員から疎まれようと,本当に自分を必要とする人の信頼が得られればそれでいい。
そういったインテリジェンスの王道を貫く佐藤氏の姿勢に,ある種のダンディズムすら感じられます。

(まったくの余談ですが,学会も世界中にネットワークを持ち,中国とソ連の間を取り持ったこともあるぐらいだから,やはりそれなりの情報が集まって来るのかもしれませんね。)

外交戦の極意と情報を扱う者,また官僚の心構えというものが入魂される,すごい本です。

以上年末年始のベスト3でした。

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2007年2月 6日 (火)

お礼&近況

どうもこんばんわ。eviano@飲み会帰りです(´_ゝ`)

先日の記事にコメントいただきありがとうございます。まずはお礼をば。

>gizmoさん
「祈るのが楽しい」という言葉に勇気をいただいた思いがします。
本来人間が祈るのは,何かしらの辛いことや悲しいこと,困難に直面したときと相場が決まっているものです。
その上で,祈ることが楽しいと感じられるのは,何よりも苦しみに勝利した姿と言えるのではないでしょうか。
また,辛いことが多ければ多いほど,その分祈ることができて,楽しみに変えていける。
改めて初心に戻って,楽しく祈るということを噛み締めていきたいですね。
祈りを楽しむことから始めて,己に勝ち,勝利の実証を示す,そんないい循環を作っていきたいものです。

>ねねばばさん
ほめていただきましたヽ(´ー`)ノうれしいですー。
私のブログでよければ,お好きな部分を持っていっていただいて結構です。
これからも精進していきたいと思っています。
そういえば忙しくてSGI提言まだ読んでませんorz

そんなこんなで近況報告。

今日はちょっと,面接を受けてきました。
なんだかんだ言って郷土愛あふれているんだなあ自分。と再認識。
東京にFF11関係のオフ会行ったとき,焼酎お湯割りの正しい飲み方をレクチャーしたことを引き合いに出したりしてアピールしましたよ(;゜д゜)ハズカシー

夜は組合関係の飲み会。
I市からの遠征組の皆様をおもてなし。
本物バ゙リバリの「職員労働組合活動家」というものに初めて出会いました。
活動に本気で取り組んで成果出して,親組合に予算交渉したり,高校は野球部でキャッチャーしてたり,普通に後輩に怖れられてたり,なんというか非常に熱いものを感じました。
ある意味今の学会に一番欲しい人材かもしれません。なんか個人的に気に入ったし,今度声かけてみようかねw

そういうわけで皆様今後ともよろしくお願いします。

eviano the prayer


次回予告:年末年始読んだ本ベスト3ということで。

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2007年2月 4日 (日)

浅草じゃない

テレビを見ながら嫁さんが一言。

「えー浅草キッドって子どももいるの~?」

いや,浅草じゃなくて,山本KIDですってば。

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祈らなくても生きていける社会

なにを書けばいいか分からなくなるときが,時々ある。
つくづく不勉強だなあと思うこのごろ。


「革命の河の中で」  祈り……そして宗教――③

どうせ「祈る」ならその切なる人間の祈りを現実のものとなって欲しい。
その法則を宗教として顕されたのが日蓮大聖人の法華経なのでしょう。

ここのところブログ界で流行っていることに,「働かなくても食っていける社会」問題がある。
働かなくても食っていける社会が本当に到来したときに,人は何のために働くのか,と。

ネットが世界をおおいつくし,労働分配の効率が最大限に高まったと仮定すると,生産性の高い一握り(100人に1人とか2人とか)の人間が働きさえすればそれでよく,残りの人間はさあ何をして暮らそうか,さらに能力のある一部の人間にとっては,わざわざ何のために働けばいいのか,という問題である。

様々な議論が戦わされているが,ここではこれ以上触れない。


働かなくても生活していける社会。

私はこの話の中の「労働」を,「祈り」に置き換えてみたくなった。

祈らなくても願いが叶ってしまう社会。

いや,正確には人間にとって根本的な問題,例えば生老病死の問題が,卑近な欲望にすりかえられて,それを叶える手段が祈りから金銭等の他の力にすりかわり,あたかも願いは容易に叶うように錯覚させられている状況だろう。

このような社会は労働より一足はやく,何千年か前に到来してしまっているのではないか。

別に現代の資本主義社会を否定しているわけではない。むしろ私が恐れているのは世界のルールないしパワーが金銭あるいは情報へと単一化されてしまうことである。
あるいは命や祈りといったものまで全て二値的な情報に置き換えられ,相対的な価値となり,過剰な流動性に載せられて断片化され,光の速さで世界中に撒き散らされてしまうことである。

学会員内部・外部に関わらず,生活上困ったことがあれば祈る,祈る対価として目の前の問題が解決すればそれでよい,そう考えて祈るなら,祈るだけまだ状況はマシと考える。

さらに私が怖いのは,祈らなくてもいい=欲望を持たなければいいなんてことを本気で考えることだ。
将来働かなくて済むように今全力で働くというのは理解できるが,祈らなくて済むために全力で祈るという行為は自己言及のジョークにするにはあまりにも笑えない。なぜなら人は生きている限り何かを祈り続ける(願い続ける)からだ。自分の祈る力でもって自分自身の生命を握り潰すようなものだ。戦慄に値する。
願いを失い,祈ることを止めたとき,人間は具体的に死ぬ。
職を失い,働くことを止めることとは訳が違う。

男子部に会っていく中で,願うことを放棄しようとしているのではないか,と考えることがよくある。
知らないうちに後ろ向きな,あるいは破壊的な方向に考え方が誘導されている,それが今の世の怖さだ。

生老病死,あるいは命の問題は,人間という生命体の限界の外側に属する問題である。
小我を越えて大我に道を求めよ,とよく言われ,道も示されているのに,往々にして真逆の方向を向いて突進してしまうのは,人間そう素直にできていない,ということなのだろうか。

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2007年2月 1日 (木)

私→風邪→嫁Σ(゜Д゜)

風邪だいぶよくなりました。

でも今日まで男子部活は休ませてもらいました。うつすといけないしね。
でも嫁さんに風邪をうつすことには成功wヒドスww

夜はテレビを見ながら他の人のブログを読み込んでみたり。
学会員さんとか,そうでない人とか,そうでなくもない人とか。
あとNHKのプロフェッショナルで茂木健一郎さんの仕事ぶりをみたり。

ほー朝起きて仕事行く前にブログ更新してるのかー。
実際茂木さんのブログ見てみたら,更新がガチで朝6-7時ですね。

あれやってみようかなーだいたい夜中に一人で考えたこととか,やっつけ仕事でその日一日をまとめた話なんて99%ロクでもないものばかりですよ。
つまりあれですよ徹夜して書いたラブレターを朝封を開かず見直さずにえいやっとポストに入れた勇気ある君に幸あれ。それはそれでカコイイと思うよ。いやそういう話じゃなくて。

つまりあれだ。(こればっかり)

・自分の頭でばかり考えずに(cカツコバヤシ)人に考えてもらえば?
・朝に強くなれ。できればブログは朝書け。
・もっと本嫁。ゴリゴリ書評書け。

そんなことを自分に小一時間ほど説教してみた如月の宵内。
鹿児島でも雪が降ってまいりました。
滅多に降らないだけに,降るときはやたら激しく降るものです。鹿児島の雪は。


蛇足:柳沢大臣関係のニュース,ひとこと,つまらん。語るに足らず。
そしてこの記事のカテゴリは「学会」だっ

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