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2007年5月22日 (火)

磨く

たまには御書を。

一生成仏抄

譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり。(384ページ)

策や理屈をいくらあれこれ考えても,いざガチで闘う段になったら,題目をあげてる人間には本当に勝てません。
そういうもんです。

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コメント

はじめまして。gizmoさんのところからリンクを辿って、以前より拝見しておりました。
信心根本…とはなかなか胸を張って言い切れない女子部員です。FFというのがファイナルファンタジーの略だというのをかろうじて知っているレベルなので、ゲーム関連の記事はよく分からないんですが、書評など楽しみに読ませてもらっています。

>そういうもんです。
そういうもんですか、やっぱり。
えてして策と理屈に振り回されたり、縛られてしまう傾向が強いので、「そういうもん」とサックリ切られると何も言えなくなっちゃいます。それは多分、自分でもそれしかない事を知っているからだと思います。
知ってるだけじゃダメなんですけどね。

磨かずともこの汚れ具合に魅力があったりなかったりーとか屁理屈言ってるばあいじゃないですね。ゴシゴシ磨いていきたいです。
それでは。

投稿: soda-bread | 2007年5月25日 (金) 00:26

>題目をあげてる人間には本当に勝てません。

「腹の据わってる人間には勝てません」ってのと同義な気がします。
「確信のある人間には勝てません」とも言い換えられるかも。

超常現象を信じない僕は信仰の功徳というものも
道理で解釈しようとする傾向性があるのですが。
たとえば確信ある言動をする人は、周囲の人をも動かすことが出来てしまう。
これを内部では「諸天を動かす」と表現するんだと思うんですよね。
「題目をあげるとラッキーなことが起きる」って思ってる学会員も
多いだろうけど(それはそれで肯定出来ますが)、
僕が信じているのは「題目をあげると腹が据わる」ということです。
題目は誰に呼びかける言葉かと言えば、他人でも、神様でもなく、
自分自身に対してのものだと思ってます。

投稿: gizmo | 2007年5月31日 (木) 07:46

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