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2008年3月25日 (火)

3月25日付聖教新聞 名字の言

3月25日付聖教新聞 名字の言からクリップ

徳島の山あいの町が「葉っぱを売って2億円を稼ぐおばあちゃんたち」と脚光を浴びている。和食に添えられるナンテンやモミジの葉を農家が栽培し流通させる 新市場を開拓したのだ▼今では町の人口より多くの視察者が訪れる。そこでは、ファクス、携帯電話、パソコンを駆使して注目の事業を営む年配者の姿を見るこ とができる▼ビジネスには企業秘密がつきもの。が、ここは完全公開。仕組みをまねされても、絶対に負けない自信がある。それは「人と人との強い絆があるか ら」だという(横石知二著『そうだ、葉っぱを売ろう!』)▼どこでも過疎の町は、仕事がない。経済基盤も弱い。事実、この町も寒波襲来で主力産品のミカン がだめになって生活が立ちゆかなくなった。その“どん底”で悩み抜いた一人が、すし店で見つけた新規事業。愚痴をこぼしあうだけの人間関係から、目標を掲 げ、皆で幾度も共に困難を乗り越えて、共に生きる絆ができあがった▼「環境で、心の大きさは変わらない。心は、いくらでも広げていける。心は、どちらの方 向にも行ける」と池田名誉会長。環境が悪いと嘆くのか、環境を変えようと動くのか。一人が立ち上がれば、必ず続く。我らは、その最初の一人でありたい。 (糀)

学会員もITを身に着けるべき,という結論に向かうのかと思ったら,予想外の展開というか,予想どおりというか。まあこれはこれでいいか。
壮年部が今度会合のDVDを作る,と小耳に挟んだ。
活動家もパソコンをある程度使いこなせる層が増えてきてうれしい限り。
この名字の言も聖教新聞社のページからコピペできるようになって,環境的には大分楽になってきている。

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2008年3月22日 (土)

未来部合唱団卒業式(現代の小学生のライフスタイル)

圏の未来部(小学生)の担当もしているもので,合唱団の卒業式で少し話をした内容をまとめ。

あまり顔なじみでもないのに偉そうに何かいうのもアレだなと思ったので,ちょっと質問してみた。

Q:最近読んだ本で面白いのあった?
A:結界師金色のガッシュベル

・・・かわいいわー^^

ところで金色のガッシュと金色のガッシュベルは違うのか。
wikipedia見て初めて知ったよ・・・

まあ最近の漫画は取材がしっかりしていてクオリティの高いものがあるので,量をこなしていけば結構力になると思うよ。ちょっと難しいのを読んで見たいと思ったらいくらでも本はあるし。手に取りやすい環境を整えてあげないとね。

最近ブログ読んでると,面白い本の書評があってさらにamazonで簡単に本が買えるので,気がつくと昨年は100冊ぐらい読書してました。
読書は本当に大事だなと思う今日この頃だけど,昔からそれほど大量に読んでいたわけではないし,一般常識の大部分はテレビのクイズ番組で学んだのであまり偉そうなことは言えたものじゃない。

テレビといえば,確か昨日NHKで子どもが忙しいというニュースをやっていた。
URL探したけどみつかんね。
本当に最近の小学生はそんなに忙しいのか聞いてみた。

Q:夜何時に寝てますか?
A:12時とか。

思った以上に夜寝るの遅いね。
話によると,塾とかのスケジュールが入っているわけではなく,テレビを見たり色々らしい。
あんまりテレビで夜遅くなるのも心配ではある。
でもこれも小学生の頃から世界まるごとhowマッチを見ていた私が言えた義理ではない。

こんな感じで5分ぐらい問答してました。
まとめとして,
・必ず何か1冊読書中の本を持とう
・夜は早く寝ましょう
・朝夕の勤行をきちんとしましょう

といった感じの話をしました。

現在の小学生のライフスタイルが垣間見えてよかったです。

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2008年3月15日 (土)

3月度座談会にて:子どもの座談会への出席について

今月は後継の月ということですが,各地区の座談会でも後継者に関する話題が出ておりました。

A地区では成人した息子を持つ婦人部が3人揃って,息子が会合に行ってくれない,どうすれば活動に参加してくれるか悩んでいると。
子どものうち素直に信心に励んでいる者もいれば,拒否する子もいる。
私の考えは,子どもといってもいい加減二十歳を越えた成人であり,今さら親がどうのこうの言うこともないだろう,子どもはどうしても親の望んだ通りには育ちませんよ(私を含めて)と偉そうなことを言ってはみたけど,さて確かに学会員の子弟で活動に参加しないどころか,あからさまに活動を嫌っている人も多い,これはどういうことだろうと考えていた。

そんなこんなで今日のB地区座談会。
若い婦人部が2歳ぐらいの子どもを連れてきていた。
2歳ぐらいの子は,当然会合中もじっとしていることはできない。会場内を好きに歩き回り,色々な物に興味を示し,ある程度遊んで回ったらそのうち眠くなって寝てしまう。それまでの間我慢しさえすればいいことだ,と思っていたが,勤行中や他の登壇者の発表の途中で大きな声を出したりすると,親が迷惑に感じたのだろう,子どもの口を塞いで黙らせようとする。イライラが溜まった子どもは,次第に感情と動きが激しくなり,物を投げたりし始め,最後には泣き出す。
子どもを連れてきた婦人部は心配そうに家の外に連れて行き,あやしつけるものの,しばらくは外から大きな泣き声が聞こえていた。

私は子どもを育てたことがないのでこれまた偉そうなことを言えないし,子どもを育てている家庭にとっては,これぐらいはお馴染みの光景かもしれない。ただこうして連れて来られた人の家で,子ども自身自覚せずに取った行動が原因で怒られ,理由も分からないまま疎外感を与えられることで,子どもの心に会合嫌い,学会嫌いが植えつけられているのではないかと心配になった。

私が偉そうな口をきいているのは分かる。
母親だけが会合に参加し,その間夫や他の子どもに乳幼児の世話を押し付けるのもなかなか説得が難しい,筋の通らない話だろう。それでも会合に出ることで会員さんと繋がっていたいという動機も十分理解できる。
それでもやはり,これからの未来を担う子どもには会合参加した際のいい思い出を持っていて欲しいと思う。
昔はきっと,年代の近い他の子どもが面倒を見たり,それぞれ助け合ってカバーしてきたのだろうと思う。ただそれも,子どもが本当に少なくなってきてる今,難しくなってきていることは確かだ。

創価王道:[家庭] 子は親の似姿

ある婦人部幹部からの手紙を紹介したい。そこには大要、次のように記されていた。

 信心歴は長いが、子供が後継者に育っていない家庭がある。特に、社会的地位の高い人や、学会の役職をカサに会員につらく当ったりする親の家庭に多い。そうした家では、両親が、自分の家は特別だと思って、子供に厳しく信心を教えていない。それが子供を駄目にしている――と。そして、こうしたことが、これからの学会の大切な課題だと思うと、最後に結んであった。私は胸を突かれる思いであった。

 子は、親の姿を冷静に見ている。その意味で、子供の信心は、親の信心の一つの表れともいえる。幹部の皆さまは、よくよくこの点を銘記されたい。

【第8回本部幹部会 1988-08-19 創価文化会館】

こういう指導を読んで、「あ、あそこの家のことだな」などと他人事にしてはいけない。「ホラ、見たことか」なんてね(笑)。

子供も夫も、婦人で決まる。一家の動向を決し、世界の命運を担っているのは女性だ。

や(矢)のはしる事は弓のちからくも(雲)のゆくことはりう(竜)のちから、をとこ(男)のしわざはめ(女)のちからなり(975頁)


「子育ては難しい」、「我が子に信心を教えるのは難しい」という人がいる。一概には言い切れないが、親の考えで子供をコントロールしようとすると難しくなるように思う。また、「難しい」という一念が、「難しい子育て」にしてしまっていることも見逃せない。

婦人部の中堅幹部以上になると、我が子を活動家にすることが“見栄”になってる場合も目につく。子供は、親のアクセサリーではあるまい。

親が楽しい信心をしていれば、子供は黙っていても広布後継の道を歩む。父と母が真剣に祈っている姿を日常的に見ていれば、それだけでも、子供は深い尊敬の念を抱くものだ。私がそうだったのだから間違いない。

私が小学校4年の時の少年部員会で、担当者の男子部が語った。「池田先生のご健康を祈ろう!」と。それ以来私は、「先生が元気で長生きしますように」と祈り始めた。そして、中学1年になった頃のことである。「そうだ。ついでに、親のことも祈ってやるか」という軽い気持ちで、「お父さんとお母さん」を付け加えた。その瞬間である。両親が私のことを祈っていることを直感した。直達正観(じきたつしょうかん)とは、このことだと今でも思っている(笑)。

我が子が後継者と育たなければ、信心の確信にヒビが入る。「祈りとしてかなわざるなしよ!」(でも、我が子に対する、私の祈りはかなわない)、「頑張りましょう!」(内の子は頑張らないけど)とならざるを得ない。

子供がやらないのは、親の信心即生活に嘘があるからだ。かといって、途中経過で物事を決めつけるのも早計。

これから元気で:やめたければやめれば?

私のコメント:

地元の組織でも,ただ名前ばかりの学会2世(3世)が非常に多いです。
自分の子どもに面と向かって信心を語れず,男子部がなんとかしてくれるだろうと期待している。
それでいて本人と話がしたいと切り出すと,「会いたくないと言っている」と言って母親が息子をガードしています。
で,いざ会ってみると学会の知識ゼロです。
学会活動に家族としての時間を捧げてきた負い目などあるかと思うので,全面的に責めたくはないのですが,親が子に信仰を誇りを持って語れるように持っていくことと,子どもを幼少のうちから無条件に「入会」させるシステムは再考する必要があると思います。
未来部のうちからの指導は必要ですが,この信仰を選ぶかどうかは大人の判断能力を得た段階で改めて確認を行うべきです。
あと世帯単位の信仰の原則,可能限り世帯ぐるみで信仰をするべきと思いますが,個別の事情にも配慮するべきかと。最近世帯の概念も揺らいでますし。
さらにこれは社会構造的な問題も大きいですが,30近くになったらいいかげん自然に親と別居して子離れできる(意識してそうする)ようにするべきと考えます。

先生の言葉で,会合に子どもを連れてくることについていい指導がなかったか調べてみたいと思う。これについては皆様の助力を仰ぎつつ解決策を探ってみたいと思う。
後継については,本当に切実な問題と認識しています。

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2008年3月14日 (金)

佐藤栄作総理の子息,佐藤信二氏が語る

メモのみ。
聖教新聞3月14日号より転載。

『新・人間革命』に,父,栄作と母のことを書いていただき,感謝の思いに堪えません。
(中略)
1974年12月,父がノーベル平和賞を受賞し,池田会長に御挨拶にうかがったことも,近頃まで存じませんでした。
池田会長がソ連のコスイギン首相と意義深き会見をされ,大事な提案をしてくださったことにも,心から御礼を申し上げたい。
(中略)
小説に書かれる通り,蒋介石総統が戦後,日本人の帰国を速やかに認め,賠償金も取らなかったことに,父は深い恩義を感じておりました。
実を言うと,これは父の師匠である吉田茂総理の遺言であり,父もまた,恩に報いる道を貫いてきたのです。
日中友好の橋を懸けてくださったのは,池田会長です。会長は,周恩来総理,鄧小平氏をはじめ,代々の主席・総理と会見され,人間外交で日中の関係を正常化してくださいました。

佐藤信二(wikipedia)

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2008年3月11日 (火)

バージョンアップが行われました!

踊り子AFも実装されたようです。

Harumi

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2008年3月 6日 (木)

on defloration(パクリ)

切込隊長blog:頑張りました

 一番の問題は、お互い恥ずかしいので部屋を真っ暗にしていたら自分の物件の所在が分からなくなりいつまでも設置ができなくて困ったことでした。皆 さんどうしているのでしょう。奥さんも出血をしておりまして大変そうでしたが、当方もずっと困惑していました。これから経験値を稼がなくてはなりません。 頑張ります。

へー今でも童貞と処女で結婚ってあるんだーwwwと一瞬思ったが



俺 も だ っ た



llil○| ̄|_

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2008年3月 5日 (水)

ネットが広大なればこそ

今日は副部長と家庭訪問へ。
入院以来少しずつ少しずつ,活動量を戻してきている。
訪問先では,男子部があまりネットをやらないという話題で盛り上がる。

思えば(いつも言ってるようだけど)いつも会館に顔を出す数十人の男子部でネットをやっている男子部は,私以外にまずいない。
決して悪口を言いたいわけではないが,どうしてこうも時代に逆行しているのだろう。

そうかと思えばネットの向こう側には,やれブログは終わりだ,限界だとネットに疲れきった人々がいる。
私に言わせれば,あなた方は全くのアーリーアダプタで,世の中の多くの若者はネットがどういうものかすら知らない。はてブの存在すら知らない。そういう人々もいるのだ。一度そういう全くの他人の頭になって考えてほしい。違う切り口なんていくらでも思いつくよ。
一番の問題は,それだけ十分な知識を持っていながら人を利することを知らない,責任が一人ひとりに存在する世界で十分な責任を果たさず傍観者でい続けようとする態度。これでは事態は全く前に進まない。

今必要なことは,知識のない人々に知識を与えていくこと。
折伏と同じだ。
ネットと非ネットとの人間の行き来がない,断絶,キャズム,格差の両側に両足を置いて私は立っている。
どうも自分は昔からいろんな集団の境界線上に立とうとする習性があるらしい。
色んなことが中途半端になるきらいはあるのだけれど。
両方の世界が歩み寄るまで,これは今までの進歩に比べて各段に時間がかかる。一部の有能な人物がイノベーションを指揮してきた時代と違って,底辺からの革新がなければこれ以上の進歩は望めないからだ。

私はそれをじっと待つ。
このブログも2年が経ち,ようやく1日平均100アクセスに届くかというところまで来た。
ネットのイノベーションを主導してきた頭のいい人々にとっては,遅くて遅くて遅くて仕方がない速度だろう。だが私は満足している。これでいいと思っている。
地べた(ground)を這うような動きこそ,最も確実で力強いと思っているからだ。

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瀬戸上医師,御健在

なんかヤフーニュースで取り上げられていたようで,”瀬戸上健二郎”医師で検索されてこのブログをお読みになっている方も多いようです。

せっかくなので再掲。
今読むと,ちょっと色々文体が素人くさくて直したくなるけどw
そのままでお読みくださいっ↓

【書評】Dr.瀬戸上の離島診療所日記&先生助けて!Dr.コトーを探して

記事はこれ(Yahooニュースより)

<Dr.コトー>モデルの瀬戸上医師、退官返上で任期延長 「島への恩返し」と

離島医療に取り組む若き医師の姿を描いたマンガ「Dr.コトー診療所」の主人公のモデルとなった鹿児島県の下甑(しもこしき)島の診療所所長の瀬戸上健二 郎医師が67歳の誕生日となる9日に退官する予定だったが、住民や本人の希望で最大3年任期を延長することが明らかになった。同島では8日に予定していた 退官イベントを「感謝祭」に変え、原作者の山田貴敏さんらも参加する。

いわずもがなではあるけど,「島への恩返し」以上に,瀬戸上医師の跡を継いで甑島に赴任する医師が見つからない,という事情があるのは間違いないわけで。
瀬戸上医師の貢献で医師の交流は増え,離島の医療は充実してきているが,甑島に根を張って地域医療に身を捧げる覚悟ができるかというと,そうそう簡単な問題ではないようだ。

ちなみに私は瀬戸上医師と直接お会いしたいことはないけれど,介護保険の主治医意見書を時おり拝見することはあります。
これからも頑張ってください・・・と言ってしまうのは島の医療を押し付けてしまうようで申し訳ないのだけれど,どうかお元気で,御健勝をお祈りしております。

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2008年3月 3日 (月)

療養型老健,実施の方向

読売新聞:療養型老健の介護報酬額、最大2割減

高齢者が長期療養する療養病床を削減して、その受け皿として新設する「介護療養型老人保健施設(療養型老健)」について、厚生労働省は3日、社会保障審議会分科会に、介護報酬額や施設基準を諮問し、了承された。

Click here to find out more!

 介護報酬額は、要介護度によって異なるが、既存の療養病床に比べ最大で約2割削減された。厚労省は5月にも新制度をスタートさせる。

 療養型老健は、介護保険法上は従来の老健と同じだが、医療の必要性がより高い人の入所が想定される。このため、看護職員が24時間配置されるほ か、手厚い医療体制を整えた場合に、多くの介護報酬が支払われる。医師の配置は、最低1人と療養病床(3人)より減らすが、他の医療機関からの往診を認め る。

長期的な療養が必要な要介護者はどうしても発生する。
(なるべく少なくなるに越したことはないけど)
介護保険制度発足から8年経つ今でも,最終的な解決はなされていない。
結局療養型病床群の廃止と同時に,その位置を占める存在に置き換わってしまうのだろうか。

余談だけど,現在の概念上は長期療養が必要=回復の見込み無しと考えて差し支えないと思われるが,今後はどうなるのだろう。

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2008年3月 2日 (日)

【ノート】認知症講演会 2日目

2日目 13:00-15:00
「認知症の大部分は心の生活習慣病」

講師 日本早期認知症学会
金子 満雄

認知症を取り巻く医療の現状
医者の知識不足
重度化してから受診する(手遅れ)
社会的に様々な誤解
→脳卒中と認知症は全く別の病気
同時に複数の課題が処理できなくなる
→オレオレ詐欺にかかる等は認知症による可能性

生活習慣型認知症=90%
アルツハイマー「型」を含む(本来のアルツハイマー病:遺伝性疾患とはまったく原因の違う病気)
血管性=5%,変性疾患(若年性アルツハイマー含む)=2%

認知症の発症確率

高齢化率:間もなく30%
なんらかの認知症:65歳以上の3割(環境により増加するため最小値)
うち軽度2:中度2:重度1の比率
問題行動発生者:全人口の0.6%(1万人の地域なら60人)
地域内の脳リハビリ施設の必要数=8ヶ所

認知症になりやすい人・家族
認知症は家族の病気でもある
感性に乏しい生活,人生史
麻雀,花札,ゲーム等を知らない,音楽に興味がない
家庭内が不和,敵対しているためストレス
「ボケの起こる家庭はダメな家庭」とまで言い切れる。

今の季節に咲く花を6つ答えられない
沈丁花の花を知らない
=7割が75歳までにボケる

認知症はどこまで回復可能か
MMSやPET,感性度調査等の検査により認知症の進行度を確認
前頭葉の機能低下による病状が重要
→記憶機能はさほど問題ではない
中度:セルフケア可,5-7歳程度の知能
↑ここまでなら回復可,それ以上は手遅れ

脳リハビリの原則
・家庭の団らん
・運動
・趣味
・頭を楽しく使う

趣味=稽古(物まね)ではない,前頭前野を使うもの
麻雀,花札等のゲームは相手の感情を読むことで心のつながりが生まれ,高い効果をもたらす

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15:00-17:00
「本人の立場から考える認知症ケア」
講師 NHKチーフディレクター
小宮 英美

番組上映
ふたりの時を心に刻む(2005年放送)
若年性アルツハイマー患者,越智俊二氏と,介護する妻
認知症患者自ら講演で語り始める
数秒前の記憶がない
「認知症は何も分からなくなる」という偏見を打破,自分の病気を自覚し,苦しみを感じていることを語る

一般的にアルツハイマー病は発症から8年以内に死に至ると言われているが,越智さんは現在も元気に生活し,14年生存している。

社会と認知症患者の関わりあいの変化

1973年 有吉佐和子の小説「恍惚の人」
認知症を介護する家族の側からの視点,介護負担を背負わされる大変さの社会問題化

1989年 ゴールドプランによる介護サービスの増量
家族の介護負担を国が肩代わりするようになるが,認知症高齢者本人を隔離,抑圧することで犠牲にしてきた

現在 認知症患者本人による語りの始まり
本人本位のサービスを提供することにより症状(問題行動)を緩和し,結果的に家族の負担を減らそうとする狙い
認知症患者の処遇の大転換が起ころうとしている

様々な認知症患者の見せる姿

クリスティーン・ブライデン(ボーデン)氏(豪)
極東ブログ(finalvent氏)による言及
「認知症になっても自分自身がなくなるわけではない,偏見を捨てて欲しい」

越智俊二氏
「私は,母さん(妻)のことを,忘れたくないのに,忘れていきます。もし,忘れたとしても,私の心の中には残るはずです。そう,思っていたいのです。」

ある認知症の元将棋名人
将棋の駒を見せるだけでは,口に入れてしまうが,
盤上に駒を並べ,向き合って座ることで,将棋を指し始め,施設職員が勝つことができなかった。

一般的な経験則として,時間の経過に沿って判断を積み重ねる能力が衰えていくが,その場の状況を見た上での判断は人生経験なりに可能であり,また長く生きてきたプライドも残存している。
認知症患者も心があり,自分の病気の症状に苦しんでいることを認識しなければならない。

「異常な状況で異常な行動をするのは,正常なことだ」
(ユダヤ人医師)

医療職は,病気にばかり目がいきがちであるが,人間は環境に大きくされやすく,社会の中で生きることでその人らしく生きられる生き物である。
「ボケても安心して暮らせる社会」を作るよう努力するべき。

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2008年3月 1日 (土)

【ノート】認知症講演会

1日目
認知症の人の尊厳を支えるケア
2008.3.1@鹿児島純心大

講師 認知症介護研究・研修東京センター
諏訪 さゆり

認知症とは
脳疾患による症候群。
一度発達した脳機能が病気により障害を受けることによって起こるので,児童には起こらない
患者自身に大人としての自意識は残っており(子どもに戻るわけではない),認知機能が失われていることを他者に悟られまいとして様々な行動を起こす。

認知症の中核症状(基本障害)

1 記憶障害
2 見当識障害
3 失語
4 失行
5 失認
6 実行機能障害
特に1の記憶障害は短期記憶障害の傾向が強い。
また,体験全体を忘れてしまう傾向がある(食事をした事実そのものの記憶を保持できない)

問題行動の裏に隠された気持ちと行動

繰り返し薬を求める(問題行動)
中核症状:短期記憶障害で薬を飲んだ事実を記憶できない
→とても気になる,大事なことであるという意識
(薬を飲んで,症状を治したいという意思の表れ)

施設職員に「奥さん」「御主人」と呼びかける
中核症状:人物の見当識障害
→相手に失礼と思われたくない
(相手に敬称で呼びかければ,失礼だと思われないだろう)

家に帰ると言い出す
中核症状:場所の見当識障害
→自分がここにいていいのかどうか分からない
(家に帰るという名目なら止められずに開放してもらえるだろうと,大人の知恵で判断しようとする)

認知症の人の尊厳を支えるとは
行動障害は,認知機能の低下を補おうとして自分なりに考えて行動する結果であり,行動障害を消去しようとして処置を行うと,本人の真意を満たすことができず,症状が悪化する。
よって,受け止める側が本人の真意を補うことによって,本人の意欲を理解することが重要。
中核症状と問題行動の相関関係は,本人の意欲・意思や価値観・判断基準または人生によって大きく異なる。一般的に人と関わるときは相手の価値基準を理解せずに関わることはコミュニケーションの障害を招きやすい。

ADLとICF
WHOによる国際生活機能分類
本人の備える心身機能,身体構造,活動,参加能力が,
健康状態,環境因子,個人因子といった変数によって影響を受け,それらの密接な相関関係により障害を誘発する。
誰もが少なからず障害の因子を持っており,環境さえ整えば障害を起こす(ex:妊婦が移動に支障をきたす)という考え方から,障害の因子があっても環境を改善することで支障のない日常生活を実現できるという考え方。
本人自身の身体能力のみを考慮するADLとは違うアプローチ。
参考→ユニバーサルデザイン(wikipedia)

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