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2008年3月15日 (土)

3月度座談会にて:子どもの座談会への出席について

今月は後継の月ということですが,各地区の座談会でも後継者に関する話題が出ておりました。

A地区では成人した息子を持つ婦人部が3人揃って,息子が会合に行ってくれない,どうすれば活動に参加してくれるか悩んでいると。
子どものうち素直に信心に励んでいる者もいれば,拒否する子もいる。
私の考えは,子どもといってもいい加減二十歳を越えた成人であり,今さら親がどうのこうの言うこともないだろう,子どもはどうしても親の望んだ通りには育ちませんよ(私を含めて)と偉そうなことを言ってはみたけど,さて確かに学会員の子弟で活動に参加しないどころか,あからさまに活動を嫌っている人も多い,これはどういうことだろうと考えていた。

そんなこんなで今日のB地区座談会。
若い婦人部が2歳ぐらいの子どもを連れてきていた。
2歳ぐらいの子は,当然会合中もじっとしていることはできない。会場内を好きに歩き回り,色々な物に興味を示し,ある程度遊んで回ったらそのうち眠くなって寝てしまう。それまでの間我慢しさえすればいいことだ,と思っていたが,勤行中や他の登壇者の発表の途中で大きな声を出したりすると,親が迷惑に感じたのだろう,子どもの口を塞いで黙らせようとする。イライラが溜まった子どもは,次第に感情と動きが激しくなり,物を投げたりし始め,最後には泣き出す。
子どもを連れてきた婦人部は心配そうに家の外に連れて行き,あやしつけるものの,しばらくは外から大きな泣き声が聞こえていた。

私は子どもを育てたことがないのでこれまた偉そうなことを言えないし,子どもを育てている家庭にとっては,これぐらいはお馴染みの光景かもしれない。ただこうして連れて来られた人の家で,子ども自身自覚せずに取った行動が原因で怒られ,理由も分からないまま疎外感を与えられることで,子どもの心に会合嫌い,学会嫌いが植えつけられているのではないかと心配になった。

私が偉そうな口をきいているのは分かる。
母親だけが会合に参加し,その間夫や他の子どもに乳幼児の世話を押し付けるのもなかなか説得が難しい,筋の通らない話だろう。それでも会合に出ることで会員さんと繋がっていたいという動機も十分理解できる。
それでもやはり,これからの未来を担う子どもには会合参加した際のいい思い出を持っていて欲しいと思う。
昔はきっと,年代の近い他の子どもが面倒を見たり,それぞれ助け合ってカバーしてきたのだろうと思う。ただそれも,子どもが本当に少なくなってきてる今,難しくなってきていることは確かだ。

創価王道:[家庭] 子は親の似姿

ある婦人部幹部からの手紙を紹介したい。そこには大要、次のように記されていた。

 信心歴は長いが、子供が後継者に育っていない家庭がある。特に、社会的地位の高い人や、学会の役職をカサに会員につらく当ったりする親の家庭に多い。そうした家では、両親が、自分の家は特別だと思って、子供に厳しく信心を教えていない。それが子供を駄目にしている――と。そして、こうしたことが、これからの学会の大切な課題だと思うと、最後に結んであった。私は胸を突かれる思いであった。

 子は、親の姿を冷静に見ている。その意味で、子供の信心は、親の信心の一つの表れともいえる。幹部の皆さまは、よくよくこの点を銘記されたい。

【第8回本部幹部会 1988-08-19 創価文化会館】

こういう指導を読んで、「あ、あそこの家のことだな」などと他人事にしてはいけない。「ホラ、見たことか」なんてね(笑)。

子供も夫も、婦人で決まる。一家の動向を決し、世界の命運を担っているのは女性だ。

や(矢)のはしる事は弓のちからくも(雲)のゆくことはりう(竜)のちから、をとこ(男)のしわざはめ(女)のちからなり(975頁)


「子育ては難しい」、「我が子に信心を教えるのは難しい」という人がいる。一概には言い切れないが、親の考えで子供をコントロールしようとすると難しくなるように思う。また、「難しい」という一念が、「難しい子育て」にしてしまっていることも見逃せない。

婦人部の中堅幹部以上になると、我が子を活動家にすることが“見栄”になってる場合も目につく。子供は、親のアクセサリーではあるまい。

親が楽しい信心をしていれば、子供は黙っていても広布後継の道を歩む。父と母が真剣に祈っている姿を日常的に見ていれば、それだけでも、子供は深い尊敬の念を抱くものだ。私がそうだったのだから間違いない。

私が小学校4年の時の少年部員会で、担当者の男子部が語った。「池田先生のご健康を祈ろう!」と。それ以来私は、「先生が元気で長生きしますように」と祈り始めた。そして、中学1年になった頃のことである。「そうだ。ついでに、親のことも祈ってやるか」という軽い気持ちで、「お父さんとお母さん」を付け加えた。その瞬間である。両親が私のことを祈っていることを直感した。直達正観(じきたつしょうかん)とは、このことだと今でも思っている(笑)。

我が子が後継者と育たなければ、信心の確信にヒビが入る。「祈りとしてかなわざるなしよ!」(でも、我が子に対する、私の祈りはかなわない)、「頑張りましょう!」(内の子は頑張らないけど)とならざるを得ない。

子供がやらないのは、親の信心即生活に嘘があるからだ。かといって、途中経過で物事を決めつけるのも早計。

これから元気で:やめたければやめれば?

私のコメント:

地元の組織でも,ただ名前ばかりの学会2世(3世)が非常に多いです。
自分の子どもに面と向かって信心を語れず,男子部がなんとかしてくれるだろうと期待している。
それでいて本人と話がしたいと切り出すと,「会いたくないと言っている」と言って母親が息子をガードしています。
で,いざ会ってみると学会の知識ゼロです。
学会活動に家族としての時間を捧げてきた負い目などあるかと思うので,全面的に責めたくはないのですが,親が子に信仰を誇りを持って語れるように持っていくことと,子どもを幼少のうちから無条件に「入会」させるシステムは再考する必要があると思います。
未来部のうちからの指導は必要ですが,この信仰を選ぶかどうかは大人の判断能力を得た段階で改めて確認を行うべきです。
あと世帯単位の信仰の原則,可能限り世帯ぐるみで信仰をするべきと思いますが,個別の事情にも配慮するべきかと。最近世帯の概念も揺らいでますし。
さらにこれは社会構造的な問題も大きいですが,30近くになったらいいかげん自然に親と別居して子離れできる(意識してそうする)ようにするべきと考えます。

先生の言葉で,会合に子どもを連れてくることについていい指導がなかったか調べてみたいと思う。これについては皆様の助力を仰ぎつつ解決策を探ってみたいと思う。
後継については,本当に切実な問題と認識しています。

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