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2008年5月 6日 (火)

5月度御書:千日尼御前御返事

御書検索より:
譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、

通解(大百5月号より):たとえば、天の月は四万由旬も離れているけれども、大地の池には即座に月影が浮かびます。雷門の鼓は千万里の遠くにあっても、打てばその瞬間に聞こえます。
同じように、あなたの身は佐渡の国にいらっしゃっても、心はこの国に来ているのです。
仏になる道もこのようなものです。私たちは穢土に住んではいますが、心は霊山浄土に住んでいるのです。
お顔を見たからといってなんになるでしょう。心こそ大切です。

鎌倉時代からはや800年。私たちは居ながらにして通信できるテクノロジーを手に入れたが、乗せるべき心の中身はどうだろうか。
「心こそ大切なれ」の心は、単なる現実逃避としての「心のもちよう」の如き心ではない。
現実を変革し、悪を打ち破る心だ。

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