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2008年6月 3日 (火)

コメント承認制から考えるこれからのweb

藪から棒のようだが、ブログの運営について少々。
いわゆるコメント承認制問題についてだけど、特にトラバとか打つことなく、淡々と今のところの自分の考えを書こうと思う。

弊ブログについては、コメント及びトラックバックは開放しているが、炎上というほどの事態に遭遇したことはない。
公明党がらみの記事で時々コメントは付くし、ちょっとこれはどうかというレベルの発言もあるけど、数百もついていわゆる炎上まで行くことはない。
話題の選択にも因るのだろう。

いわゆるコメント承認制への切り替えについて、私は今のところコメントもトラックバックも開放しているが、ひどい場合は切り替えますよ、と選択留保にしておきたいと思う。

アクセス数は伸びるに越したことはないけど、毎日数千とかアクセスされるサイトを私が運営できるのか、と聞かれるとこれはNOでしょう。
だって私普通の公務員ですしおすし。

サイトなりブログなりを運営していて、アクセスを増やしたいと思ったことない人はいないだろう。
いつまでも30とか40とかのアクセスでは気が萎える、という人もいると思う。
人気を伸ばしたい、人々のアテンションを集めたい、という動機を否定する気はない。
でもブログの90%はアクセス100以内だというし、そもそも1日で万とか行くほどのアクセス増加なんて不思議で不自然な例外的現象ですよ。

ただ、実際アクセスが伸びるとそれなりに変な人は来るし、ぞっとするような経験もすることがある。私も片鱗ぐらいはある。
この辺がブログをやるということ独特の味わいというか、中にはこういった揉め事の当事者となることが醍醐味な人もいるかもしれないけど、普通の人には怖い世界なわけで。

コメント機能によるプラスの方向のフィードバックが建設的な議論に結びつくという楽観的な期待はよく聞くが、果たしてどれほどの成功例があるだろうか。
多分に技術的なレイヤの問題かもしれないが、コメント歓迎だけどなんでもありの設定にして常に応答し続けるのは通常生活のある人にとっては大変だし、普通の人にとっては敷居が高い。なにより数百のコメントをさばくなど人間としての限界を超えてしまう。

ここで私の考えを述べさせてもらうと、普通の人、それも大量の普通の人にブログしてほしいと思っている。
ブログを限られた変人(私含む)だけのモノにしてはいけないと、強く思う。
自分にしか書けないこと、体験を誰でも見られる、誰にでも分かるように伝えたいという動機は、案外誰にでもある。
原則として言葉でしか伝わらない不便なメディアだけど、今記事書いて、いきなり数万アクセス稼げなくてもいい、いつか誰かが見てくれるから素晴らしいんだ。
少しでも興味のある人は、とりあえずコメント・トラックバック封印でいいのでとにかく初めてほしい。何も恥じることはない。
だれかがどこかで自分の悪口を言っていると思うかもしれない。
そんな難しくて奥まったセカイに興味はないと言えばいい。
初心者を軽く見るスノッブな根性は私は大嫌いだ。
実際のところこれからのネットは、これから始める人々にかかっている。
つくづく思うけど、今のwebの息詰まりを打破するのは、数しかないんだよ。

まあ親戚縁者に片っ端からブログやれと無理強いする気もないけど。
ただ、一般的にブログにコメントするぐらいの積極性を持った人は、言いたいことあるならブログ持ったほうが色々いいことあるんじゃないの?と言いたい。
まあ世の中にはアルファコメンターという人もいらっしゃるようですが。

まだまだ世知辛いところだけど、どうぞ怖がらずに入っていらっしゃい、私はもっと多くのようこそを言いたいと思う。

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