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2011年8月 6日 (土)

8月6日に寄せて~人類は核とともに歩めるか

「核平和利用」再考を提起=原爆忌で首相、課題は山積
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011080600278

菅直人首相は6日の広島市での平和記念式典で、核兵器廃絶に加えて「原発に依存しない社会」を目指す方針を表明した。首相が式典で民生エネルギーとしての核に言及するのは極めて異例。福島第1原発事故を受けた原発政策見直しへの決意を示したもので、被爆地での発言は重い。ただ、退陣表明により指導力を著しく欠いた首相の下、「核の平和利用」の在り方をめぐる議論が深まるかは不透明だ。

巡り来る8月6日、この日に対して今年はやはりこれまでとは全く違う感慨を持たざるを得ないだろう。
原子力との共存は可能か、という命題が大きな議論となっている。

私の考えは、いくら共存したくなくても、人類は核と共存せざるを得ない、ということだ。

核エネルギーを発見してしまったこと自体が取り返しのつかないことであり、実際人類は多大な恩恵を受けてきた。同時にそれは人類に多大な、それこそ種の存続に関わるほどの問題をもたらすものでもあり、人類は逃げずにこれを背負っていかなければならない。適切な管理と制限を課さない限り、それは暴走する。技術的な成熟と同時に、人間の精神的な部分での進歩も必要になる。

同時に、いくら核から目を背けても、科学的に普遍たる事実を曲げることは残念ながらできない。真昼の空に輝く天体が、石炭の塊だと信じるのは自由だが、膨大な原子核反応を繰り返すヘリウムと水素原子の塊だという事実に変わりはないからである。

繰り返すが、核の発見を「無かったこと」にはできない。
これによく似たものに、麻薬がある。

最近読んだ本、『〈麻薬〉のすべて』にこうある。

人類の英知から生まれた麻薬や核を人類の福音と出来るか否かもまた人類にかかっている。ヤク(薬)もカク(核)も両刃の剣の様相を呈していて、うまく使えば人類にとって福音となるが、使い方を誤ると牙をむく。皮肉なことに今や人類によってこの世に生み出された麻薬と核の存在によって、自身がその存亡の瀬戸際にたたされているわけである。(262ページ)

余談だがこの本の著者、船山信次先生は仙台市生まれの東北大学薬学部卒、本書は2011年3月20日初版となっている。

核の利用は単なる兵器に止まらず、放射線を応用した様々な技術は人類にとって手放せないものである。丁度麻薬がなければ手術一つ満足にできないのと同じように。

いずれにせよ、麻薬も核も人類の繁栄と引き換えに背負い込んだ宿業と呼べるものであり、これから必要なものは科学的知見のさらなる進歩と専門家による適切な管理と制限に尽きる。
カクとヤク、どちらにもコインの裏表のように繁栄と悲劇が人類の歴史とともに繰り返されてきているわけだが、今全てを放り投げて目を閉じ、耳を塞いでしまうのは今までの歴史の否定、無責任であると私は考える。

願わくば、宿命を使命に、これ以上の悲劇を決して起こさない決意とともに、あくまでも前を向いて、進歩という方向に進んでほしい。

これまでの犠牲を、無駄にしないためにも。
今日という日に刻まれた、核の犠牲者の命を無駄にしないためにも。

〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書) Book 〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書)

著者:船山 信次
販売元:講談社
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