2009年3月20日 (金)

老人ホーム火災

2遺体発見、死者7人に=理事長、防火不備認める-老人ホーム火災現場検証・群馬

 群馬県渋川市の老人ホーム「静養ホームたまゆら」で入所者らが死傷した火災で20日午前、新たに2人の遺体が見つかった。死者は計7人となり、県警渋川署は身元の確認を急ぐ。県警は同日、出火原因を特定するため、100人体制で現場検証を行った。(時事)

いわゆる「無届け老人ホーム」での火災のよう。
先日クローズアップ現代でやってたけど、TVを見てもあまり突っ込んだ解説が見られない。

これね↓

クローズアップ現代

2月3日(火)放送(記事に個別URLなし)
介護つき住宅の落とし穴

今、東京近郊の県にある「無届け有料老人ホーム」のトラブルが相次いでいる。生活保護受給者を受け入れ、介護保険でケアも受けられるとしているが、入居した高齢者の中には、十分な介護サービスが受けられていないという人も少なくない。実は、入所者の多くは、住所を東京都内に置いたままで、生活保護や介護保険を区から受給。区は、こうした施設を黙認し積極的に利用してきた。背景にあるのが低所得でも介護をうけられる施設の不足。介護報酬は全国一律なので、土地代や人件費が高い都心では施設建設が進まないのだ。介護が必要となった低所得の高齢者をターゲットにしたビジネスの実態に迫る。
(NO.2692)

介護保険が制度化されない前はそれなりにひどいものだったけど。
でも、角度を変えてみれば、搾取、という構図になる。
責任はというと、高齢者世代そのものに求めるしかないのではないのかな。

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2008年5月22日 (木)

クロ現 成年後見人見たよ

クローズアップ現代:
老後の財産が狙われる~相次ぐ後見人トラブル~

町の司法書士さんの事務所の方から、うちでも任意後見人をしてるけど、厄介ごとばかりで全然商売にならないと聞いたことがある。
個人的には何かのきっかけがあったら関わりたい業務ではあるんだけど。
特に介護保険においては、利用者の自己決定が出発点となっているので、それができない人のケアというのがどうにも難しい。一応この制度は必要だと思う。全然知名度ないけど。

で、後見人が財産を使い込むという問題だけど。
誰も見ておらず、罰則が抑止力になり得ないのなら、そりゃやっちゃうでしょ。ぐらいのものですね。
悪徳業者が悪徳でありますと言われても、番組を見る限りあまりにベタな悪徳すぎてどうもピンとこない。
いや、実際すごい勢いでだまされているのをいつも目の当たりにしてるんですけどね。
本来そういう事態を防止するためにある制度だし、まだ後見人立ててるだけ救われる状況というものは実際あるし。

区民後見人かあ。うーむ。
ボランティアでこんな仕事させてどうすると。民生委員じゃないんだから。
私はどちらかというと、こういう業務がちゃんと商売になるように持って行くべきだと思う。
それは即ち、高齢者がこういうサービスに金を払うようになる、ということだけど。
現在の70-80代には、それは難しい。

どうしても、個別に生きてきた人生の因果に問題を還元する以外になくなってしまう。
いや別に、だまされる方が悪い、とか言うわけじゃなくて、問題は自分の立場を認識する能力というか、その。

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2008年5月16日 (金)

悪い冗談としか思えない

毎日新聞:介護保険制度:給付抑制案 「軽度は対象外」「自己負担2割に」--財政審提示

 財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は13日の会合で、給付が急増する介護保険制度の抜本的見直しを6月にまとめる意見書(建議)で提言する方針で一致した。同審議会の西室泰三会長は会合後「建議には明確に書き込む」と語った。

 財務省は同日の会合に、介護保険見直しの三つの試算を提示した。ドイツにならい、軽度の要介護者を保険制度の対象から外せば、給付費を年間2兆900億円抑制できると指摘。一方で、軽度の要介護者の自己負担を現行の1割から2割に引き上げた場合には、年間の給付費を2300億円抑制することが可能とした。

 08年度の介護給付費は6兆6559億円(当初予算ベース)。このうち5割を40歳以上の被保険者が負担。残りの5割を国と地方の負担で賄っている。高齢化の進展に伴い、給付費が毎年数千億円規模で膨らむことが見込まれており、3年に1度の保険料の見直し時期となる09年度は大幅アップが必至の情勢だ。【清水憲司】

今テレビのニュースで舛添大臣も、これは問題外の案だとして一顧だにしていなかったが、妥当な判断だと思う。私もこんな政策冗談としか思えない。

この方針が実現されれば、要介護度の重度な利用者のほうが、介護サービスを「お得に」使えることになり、ますます要介護度を高くしようとするインセンティブが働いてしまう。

何度も同じことを言っているようだが、要介護度は数字が高いほど重度になり、要介護4-5ともなると、在宅での生活は極めて過酷になり、何より本人のADL(日常生活自立度)が低下し、介護地獄の言葉にみられるように家族にも過度の負担がかかるようになる。

何も知らない利用者が、そんな状態に望んで進んでいこうとする姿は、本当に地獄と言うしかない。
笑うに笑えないのだ。

そういえばこんなニュースもあった。

介護休暇訴訟 被告の県側争う姿勢 鹿児島地裁第1回弁論「異動強要してない」

 中学校に勤務する50歳代の長男が申請した介護休暇が認められず、自身の病状が悪化したとして、鹿児島市内の女性(84)が県に1000万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が9日、鹿児島地裁(玉本恵美子裁判官)で開かれた。県側は「休暇申請の拒否と病状の悪化に因果関係はない」と反論する答弁書を陳述、棄却を求め全面的に争う姿勢を示した。

 訴状によると、女性は2004年8月に脳卒中で倒れ要介護4と判定された。中学教諭の長男は、介護休暇を繰り返し申請したが拒否され、鹿児島市内から離島に異動を強要された。長男は転勤に応じ、女性は長女に預けられたが、環境の違いなどで病状が悪化。要介護度も5になった。申請拒否は育児・介護休業法違反に当たると訴えている。県側は答弁書で「異動の強要はしていない」と主張した。

=2008/05/10付 西日本新聞朝刊=

地元鹿児島だが、この裁判は非常に注目している。
要介護度の悪化(4→5)が、裁判所で「不利益」と認められるかどうかも大きな争点だからだ。
介護サービスの利用限度額が増加するのと引き換えに、介護サービス単価が増額され、利用者本人のADLが悪化することを明確に不利益と定義できれば、介護に関係する政策でも悪化予防の具体的な動きがでてきそうだ。

何にせよ、現状の制度では利用者、ケアマネジャー、事業者に要介護度を改善することについてのプラスのインセンティブが全くない。
泣きを見るのは市町村、そして保険料という形で負担が跳ね返ってくる当の高齢者だ。

いっそケアマネジャーに報奨金を導入してしまってもいい。
何らかの形で改善することについてプラス方向のインセンティブを与える政策が必要だ。

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2008年5月11日 (日)

NHKのやつ

今やってるけどこれはひどいな。

介護保険の関係で言うと、要支援2でヘルパーが3回しか使えないというのは誤りだし(4回可能のはず)、デイサービスを使っていないというのも何か事情があるのでは。
訪問リハビリも使えるはずだが、どうなっているのだろう。
デイサービスの提案はしたのか、拒絶されたのか。
サービスを増やしたければ介護度変更申請をするべきだが、その検討はしているのか。

単独世帯でヘルパーのみのプランというのはどう考えても無理がある。
利用者の方は、ケアマネジャーとどういう話し合いをしたかも分からない。
そもそもサービス切り下げの話ばかりで、肝心のケアマネジャーの存在が見えないので、ひょっとしたらケアマネジャーの機能が分かってないのかも知れない。

番組に出ておられる教授先生の方々がこの程度の知識もないのも信じられない。

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2008年3月 3日 (月)

療養型老健,実施の方向

読売新聞:療養型老健の介護報酬額、最大2割減

高齢者が長期療養する療養病床を削減して、その受け皿として新設する「介護療養型老人保健施設(療養型老健)」について、厚生労働省は3日、社会保障審議会分科会に、介護報酬額や施設基準を諮問し、了承された。

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 介護報酬額は、要介護度によって異なるが、既存の療養病床に比べ最大で約2割削減された。厚労省は5月にも新制度をスタートさせる。

 療養型老健は、介護保険法上は従来の老健と同じだが、医療の必要性がより高い人の入所が想定される。このため、看護職員が24時間配置されるほ か、手厚い医療体制を整えた場合に、多くの介護報酬が支払われる。医師の配置は、最低1人と療養病床(3人)より減らすが、他の医療機関からの往診を認め る。

長期的な療養が必要な要介護者はどうしても発生する。
(なるべく少なくなるに越したことはないけど)
介護保険制度発足から8年経つ今でも,最終的な解決はなされていない。
結局療養型病床群の廃止と同時に,その位置を占める存在に置き換わってしまうのだろうか。

余談だけど,現在の概念上は長期療養が必要=回復の見込み無しと考えて差し支えないと思われるが,今後はどうなるのだろう。

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2008年3月 2日 (日)

【ノート】認知症講演会 2日目

2日目 13:00-15:00
「認知症の大部分は心の生活習慣病」

講師 日本早期認知症学会
金子 満雄

認知症を取り巻く医療の現状
医者の知識不足
重度化してから受診する(手遅れ)
社会的に様々な誤解
→脳卒中と認知症は全く別の病気
同時に複数の課題が処理できなくなる
→オレオレ詐欺にかかる等は認知症による可能性

生活習慣型認知症=90%
アルツハイマー「型」を含む(本来のアルツハイマー病:遺伝性疾患とはまったく原因の違う病気)
血管性=5%,変性疾患(若年性アルツハイマー含む)=2%

認知症の発症確率

高齢化率:間もなく30%
なんらかの認知症:65歳以上の3割(環境により増加するため最小値)
うち軽度2:中度2:重度1の比率
問題行動発生者:全人口の0.6%(1万人の地域なら60人)
地域内の脳リハビリ施設の必要数=8ヶ所

認知症になりやすい人・家族
認知症は家族の病気でもある
感性に乏しい生活,人生史
麻雀,花札,ゲーム等を知らない,音楽に興味がない
家庭内が不和,敵対しているためストレス
「ボケの起こる家庭はダメな家庭」とまで言い切れる。

今の季節に咲く花を6つ答えられない
沈丁花の花を知らない
=7割が75歳までにボケる

認知症はどこまで回復可能か
MMSやPET,感性度調査等の検査により認知症の進行度を確認
前頭葉の機能低下による病状が重要
→記憶機能はさほど問題ではない
中度:セルフケア可,5-7歳程度の知能
↑ここまでなら回復可,それ以上は手遅れ

脳リハビリの原則
・家庭の団らん
・運動
・趣味
・頭を楽しく使う

趣味=稽古(物まね)ではない,前頭前野を使うもの
麻雀,花札等のゲームは相手の感情を読むことで心のつながりが生まれ,高い効果をもたらす

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15:00-17:00
「本人の立場から考える認知症ケア」
講師 NHKチーフディレクター
小宮 英美

番組上映
ふたりの時を心に刻む(2005年放送)
若年性アルツハイマー患者,越智俊二氏と,介護する妻
認知症患者自ら講演で語り始める
数秒前の記憶がない
「認知症は何も分からなくなる」という偏見を打破,自分の病気を自覚し,苦しみを感じていることを語る

一般的にアルツハイマー病は発症から8年以内に死に至ると言われているが,越智さんは現在も元気に生活し,14年生存している。

社会と認知症患者の関わりあいの変化

1973年 有吉佐和子の小説「恍惚の人」
認知症を介護する家族の側からの視点,介護負担を背負わされる大変さの社会問題化

1989年 ゴールドプランによる介護サービスの増量
家族の介護負担を国が肩代わりするようになるが,認知症高齢者本人を隔離,抑圧することで犠牲にしてきた

現在 認知症患者本人による語りの始まり
本人本位のサービスを提供することにより症状(問題行動)を緩和し,結果的に家族の負担を減らそうとする狙い
認知症患者の処遇の大転換が起ころうとしている

様々な認知症患者の見せる姿

クリスティーン・ブライデン(ボーデン)氏(豪)
極東ブログ(finalvent氏)による言及
「認知症になっても自分自身がなくなるわけではない,偏見を捨てて欲しい」

越智俊二氏
「私は,母さん(妻)のことを,忘れたくないのに,忘れていきます。もし,忘れたとしても,私の心の中には残るはずです。そう,思っていたいのです。」

ある認知症の元将棋名人
将棋の駒を見せるだけでは,口に入れてしまうが,
盤上に駒を並べ,向き合って座ることで,将棋を指し始め,施設職員が勝つことができなかった。

一般的な経験則として,時間の経過に沿って判断を積み重ねる能力が衰えていくが,その場の状況を見た上での判断は人生経験なりに可能であり,また長く生きてきたプライドも残存している。
認知症患者も心があり,自分の病気の症状に苦しんでいることを認識しなければならない。

「異常な状況で異常な行動をするのは,正常なことだ」
(ユダヤ人医師)

医療職は,病気にばかり目がいきがちであるが,人間は環境に大きくされやすく,社会の中で生きることでその人らしく生きられる生き物である。
「ボケても安心して暮らせる社会」を作るよう努力するべき。

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2008年3月 1日 (土)

【ノート】認知症講演会

1日目
認知症の人の尊厳を支えるケア
2008.3.1@鹿児島純心大

講師 認知症介護研究・研修東京センター
諏訪 さゆり

認知症とは
脳疾患による症候群。
一度発達した脳機能が病気により障害を受けることによって起こるので,児童には起こらない
患者自身に大人としての自意識は残っており(子どもに戻るわけではない),認知機能が失われていることを他者に悟られまいとして様々な行動を起こす。

認知症の中核症状(基本障害)

1 記憶障害
2 見当識障害
3 失語
4 失行
5 失認
6 実行機能障害
特に1の記憶障害は短期記憶障害の傾向が強い。
また,体験全体を忘れてしまう傾向がある(食事をした事実そのものの記憶を保持できない)

問題行動の裏に隠された気持ちと行動

繰り返し薬を求める(問題行動)
中核症状:短期記憶障害で薬を飲んだ事実を記憶できない
→とても気になる,大事なことであるという意識
(薬を飲んで,症状を治したいという意思の表れ)

施設職員に「奥さん」「御主人」と呼びかける
中核症状:人物の見当識障害
→相手に失礼と思われたくない
(相手に敬称で呼びかければ,失礼だと思われないだろう)

家に帰ると言い出す
中核症状:場所の見当識障害
→自分がここにいていいのかどうか分からない
(家に帰るという名目なら止められずに開放してもらえるだろうと,大人の知恵で判断しようとする)

認知症の人の尊厳を支えるとは
行動障害は,認知機能の低下を補おうとして自分なりに考えて行動する結果であり,行動障害を消去しようとして処置を行うと,本人の真意を満たすことができず,症状が悪化する。
よって,受け止める側が本人の真意を補うことによって,本人の意欲を理解することが重要。
中核症状と問題行動の相関関係は,本人の意欲・意思や価値観・判断基準または人生によって大きく異なる。一般的に人と関わるときは相手の価値基準を理解せずに関わることはコミュニケーションの障害を招きやすい。

ADLとICF
WHOによる国際生活機能分類
本人の備える心身機能,身体構造,活動,参加能力が,
健康状態,環境因子,個人因子といった変数によって影響を受け,それらの密接な相関関係により障害を誘発する。
誰もが少なからず障害の因子を持っており,環境さえ整えば障害を起こす(ex:妊婦が移動に支障をきたす)という考え方から,障害の因子があっても環境を改善することで支障のない日常生活を実現できるという考え方。
本人自身の身体能力のみを考慮するADLとは違うアプローチ。
参考→ユニバーサルデザイン(wikipedia)

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2008年2月12日 (火)

父と子

本日の勤務時間,私の係に電話が来た。

40歳代の男性で,父親と2人暮らし,奥さんは10数年前に他界。要介護認定の申請の仕方を教えて欲しいとのこと。
二人暮らしで他に家に出入りする者はおらず,仕事が忙しくて10時過ぎに帰ってくるため父ともほとんどコミュニケーションがない。
最近近所の噂で遠くまで徒歩で徘徊しているのを見たのでそろそろ介護を考えたほうがいいのではないかと思って聞いてみた,とのこと。

とりあえず私は,介護保険被保険者証と主治医のフルネームを用意して窓口に来られてみてはどうですか,と尋ねてみたが,仕事が忙しくていつ来れるか分からないということなので,分かりましたそれでは包括支援センターに情報提供して地域の支援センターから実態調査がてら様子をみてもらいましょうと話し,電話を切るとすぐさま隣の課にある包括センターに事情を説明し,訪問してもらった。

2時間後,地元の支援センターの職員が真っ青な顔して役所に来た。

本人宅に行ってみたところ,丁度本人がいたので話をしてみようとしたが,意味不明な受け答えをして言葉が通じず,食事(訪問給食を利用)もまともに食べておらずほぼ脱水状態,床にはあらゆる物が散乱し,布団の近くには尿の水溜りができ,話をしながらトイレにいきたそうな動きをしたかと思うと,その場で排尿しようとしたとのこと(お食事中の方すいません)。
なんとか身体を支えて家の外に排尿してもらったが,他にも疥癬等の症状があり,限りなくネグレクトに近い状態だったので,とりあえず介助しながら食事を摂取してもらい,落ち着いたところで庭先から包括支援センターの職員に電話報告し,虐待相談窓口にまで話は回り,ようやくのことで帰ってきたものの,今後の処遇を真剣に考えなければならない大変な問題ケースだったとのこと。

報告を聞いて,先ほどの電話で私が聞いた依頼者の深刻味のまったくない声とのギャップに愕然とした。
こんな電話が来たらすぐに包括に回していいからねと言われたが,あの話の内容ではここまで事態が深刻だとは到底想像できない。
包括に回さずにそのまま認定申請を待っていたらどうなっていただろうと思うと怖いものがある。

自宅に行った支援センター職員の話によると,息子が日常的に10時過ぎに帰ってきて利用するスペースと,その頃すでに寝ている父親を邪魔しないように,2人の領域にまったく行き来がなく,お互いが無関心に過ごしているうちに状態が悪化していったのではないかと思われる。

また,市役所の福祉的な発想ではあるが,周囲に助力が望めない独居のお年寄りに比べて,稼得能力のある息子が同居している世帯は介護力があると見なされて支援の優先度が低いため,今まで全くと言っていいほど福祉サイドからの働きかけは行われてこなかった。
高齢者+40~50台の長男という組み合わせの世帯は実は思いのほか多く,働き盛りの息子がこうやって親の要介護化を見逃すというケースも,稀ではあるが存在している。

この前のNHKにスペシャルにあった例にあるように,重度の認知症と思われる症例も脱水症状を抑えたり適切な投薬を行うことによって,症状が改善される場合が有り得る。これからおそらく支援センターの職員が大至急認定申請を書き,何らかの介入がなされるだろう。

それにしても,息子さんの忙しさが気になる。休みを取って訪問調査とケアプラン作成に協力してくれるだろうか。

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2008年1月20日 (日)

NHK 認知症番組について

消灯後のベッドの上でワンセグで見た。
入院中のため手短に書きます。

最近のNHKの番組の中でも最大級の力作だと思う。しっかり現場に取材していなければ見つからないネタをきちんと掬いあげていた。

認知症の早期発見ができない日本の現状は、患者、家族、医師、行政、介護職、全てにそれなりに責任があり、誰を断罪することもできない。
認知症によるどん底の苦しみを味わわされる責めをどこに求めればいいのか、私の考えでは、問題は個々の個人の能力や知識ではなく、人々の繋がり、ネットワークの欠如にあることが一番の原因なのではないだろうか。
認知症との戦いにおいて上手くいっている例と、そうでない例とを番組の中で見比べて、以前から感じていたことではあったが、私はより確信を深くした。
患者家族はスティグマを恐れて引きこもり、医者は無知を隠して誤った診断をする。
行政はハードウエア中心の制度を改めず、それぞれが必死になって立ち向かい押し潰されそうになりながら、隣人に助けを求める、その一点のみがどうしてもできず苦しみに喘いでいる。
実際私も介護認定の窓口に立ち、『どうしてもっと早く、色々な人に相談ができなかったの!』、と1日に1回ぐらい言いたくなる。もちろん患者に限らず、医師・介護職についてもそうだ。
無論、私のような行政職員の努力が足りずそれぞれが孤立してしまっている現状については忸怩たる思いだ。なんとかしなければならないと思っている。
今回の番組で認知症に悩む人々に取って悩んでいるのは自分達だけではない、という認識を持てればこれほど嬉しいことはない。
ともに悩む人々と立場を越えて人間同士手をとりあうこと、これこそが認知症と向き合う際のスタートラインであり、同時に最大の武器だと思うのだが、どうだろうか。

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2007年12月 5日 (水)

今日のわからない

前回要介護2から更新で要介護1の認定が出たことについて,意見書を書いた主治医がなぜ苦情を言ってくるのかが分からない。

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